大阪府で政令に基づき「マスク会食」を義務づけ、違反者には罰則を与える方針が示されたことが話題になっている。
それと同時に、神戸市長は「マスク会食は不潔で、かえって危険」だとして、神戸市民には「マスク会食」を推奨しない、という逆の方針を示している。ちなみに、少なくとも私の周囲の医師は、みんな「マスクは汚い」と言っている。
“マスク会食”自治体で温度差 神戸市長「かえって危険」
こういう、自治体によってちぐはぐな方針が示されるのは、専門家がきちんと感染原因に対する検証を行っていないことが要因である。
今回の騒動でわかったのは、感染症の専門家は、自分たちが言ったこと・やったことの検証を事後的にしない、ということだ。私は経済学の博士所有者であり、研究者の端くれである。研究者というものは、自分が言ったことが正しかったのかどうかはきちんと検証して、間違っていた所は正し、より正確な理論を作るという作業を、当然のようにやるものだと思っていた。
ところが感染症の分野ではそうではないらしい。言いっ放しやりっ放し。検証しない。これは感染症の専門家の中にも自覚している人がいて、Facebookのコメントで「今までは検証せずに済まされてきた」と専門家がはっきり書いているのを、私は見た。
そもそもマスクに効果があるのかどうかすら、きちんと検証されていない。吉村大阪府知事は「飛沫が感染原因なのだから、マスクに効果がないはずがない」と言っているが、そもそも飛沫が感染原因なのかどうかに対する専門家の検証が、今現在きちんと行われていないのだ。
私は去年の8月に、長崎北陽台高校の感染事例についてきちんと検証すべきだという内容の記事を書いた。
北陽台高校の感染防止対策を見て具合が悪くなった
ここで指摘した中で一番重要なのは、「感染原因が飛沫なのかエアロゾルなのか、きちんと検証しないといけない」ということだ。
日本では初期の段階で、感染原因は密閉空間にある、ということが言われていた。その対策として「3密回避」が真っ先に挙げられたのである。
最初は、何故密閉空間で感染が起こるのかというメカニズムはわかっていなかった。しかし、実際感染が起こっているという事実があるのだから、それをなくす対策を取る、というのは、科学的に正しい対処である。理由は後付けでいいのだ。
その後、どうやら呼気に含まれるマイクロ飛沫(エアロゾル)が感染原因だということがわかった。だったら、換気を良くすることでエアロゾルの滞留をなくし、二酸化炭素(CO2)濃度を測定することで換気状況を把握する、という対策が取れる。
ところがその後、欧米で「ソーシャルディスタンシング」という対策が行われるようになった。「人と人との距離を取る」ということだが、これは飛沫による感染が前提になっている。実際に飛沫による感染が起こっているのかどうかは、検証されていないのに、である。日本も突然、「3密回避」より「ソーシャルディスタンス」が主要な対策であると認識されるようになった。「3密回避」を言っていた当時の専門家会議は会見でマスクを着用していなかったが、ある日突然「ソーシャルディスタンス」を言い出して、全員がマスクを着用するように変わった。
ここでわかったのが、医学の専門家は、自分の頭で理屈を考えるのではなく、欧米で言われていることをそのまま伝えるということである。欧米でやっていることが正しいのかどうか、検証することなく無条件に日本で適用することが正しいと思っているようだ。これも、経済学の研究者の私からすると信じられないことであった。工学の研究者も信じられないようで、実際医学の専門家が出すシミュレーションに対し、経済学や工学の専門家から具体的な間違いの指摘や、日本の現状に合わせたより正しい計算方法について、多くの提案がされるようになった。
感染原因が飛沫なのかエアロゾルなのか、ということで、取る対策は変わってくる。飛沫ならマスクや遮へい用のアクリル板が有効であるし、エアロゾルなら換気施設が重要になる。そして、アクリル板は空気の流れが悪くなるので、換気とは相反する結果になる。どちらがより重要なのかは、専門家なり行政なりがはっきりと指針を示さないといけない。
問題なのは、過去に行った対策が間違いであったとは、専門家も行政も絶対に言わないことである。新型コロナの騒動は世界で初めての事例なのだから、当然最初は間違った対策を取ることもあり得る。しかし、1年経って事実が色々とわかってきても、決して対策を修正しようとはしないのは、科学者としての私の感覚からすると、信じられない状況だ。
大阪府は、換気を悪くするアクリル板設置と換気状況を把握するCO2測定器の設置という、相矛盾する政策を同時に勧めている。飛沫対策が中心だった初期の政策を見直すことなく、換気重視という新たな政策を加えるから、こういうおかしなことになる。過去の施策を見直さず新たな施策を加えて、役所の仕事が膨張していくというのは、よくあることで決して感心できることではない。
また、換気状況を把握するためにCO2濃度を測る、という対策がやっと今広まってきたが、「3密回避」を言い出してから1年も経っている。ソーシャルディスタンスを強調しすぎたばかりに、それと違うが有効な対策が浸透するまで1年もかかるというのは、あまりにも遅すぎる。行政と専門家が、ほんとうに感染拡大を抑えようという気持ちがあるとは、私には全く思えないのだ。
ちなみに長崎県の飲食店向け補助金は、対象が換気設備だけだった。科学的に考えると、換気の徹底が感染防止の最優先対策なのだ。
長崎県「飲食店向け新しい生活様式対応支援補助金」公募スタート!
行政や専門家は、自分たちの面子を守ることが最大の目的になっていて、本当に感染拡大を抑えようとする姿勢がない、と私は感じている。飛沫よけビニールシートで換気を悪くして、従業員が集団感染する、という事例も散発しているが、「換気を悪くする飛沫対策は、逆効果だからやめましょう」というアナウンスは、全く私の耳に入ってこない。
罰則が適用される法律が施行されたのだから、せめて感染原因が何なのかは、科学的に検証されるべきである。罰則適用にあたり裁判所の判断を仰ぐことになるし、東京では飲食店が原告になって行政を訴える裁判も提起されている。興味のある方は、リンク先に掲載されている訴状を、是非読んで頂きたい。
コロナ禍、日本社会の理不尽を問う(コロナ特措法違憲訴訟)
素人の裁判官を納得させられる科学的証拠を行政側が示さないと、行政側は裁判で負ける。きちんと科学的検証をしないと、裁判に負けて行政にも迷惑をかけることになる、ということを行政のアドバイザーになっている専門家は自覚して欲しい。