2019年4月28日日曜日

根が深い「あいさつ問題」

選挙に出てよくわかったのは、とにかく周囲の人間は候補者に「頭を下げろ」と言うことだ。

有権者は自分に頭を下げてくれる人に投票したがる。これは選挙期間中だけのことではなく、日常ずっとだ。だから、議員は次の選挙に通るために、地域のいろんな会合に出て頭を下げ続けることになる。それを続けていれば、地域まわりで忙しくなり政策を磨く時間が取れるはずはない。

ちなみに議員が不祥事を起こせば、支持者に頭を下げて回る。これを繰り返せば、この議員は他の議員より数倍支持者に頭を下げる。本人だけでなく親も頭を下げて回る。結果として相当頭を下げることになるので、一度は落ちても次の選挙では当選する、というからくりだと、今回思った。


私が出馬にあたって地元自治会や会社などに挨拶に行かなかったのも、最初にこういう所に顔を出すと、当選した場合、絶対に4年間自治会の行事を最優先に行動しないといけなくなることが明白だったからだ。地域まわりをしていれば、もっと票が取れていたと思う。少なくとも最下位ではなかったはずだ。余談になるが、私が最下位だったのは、供託金没収ライン付近に留まる「ほんとうの」泡沫候補が出馬していなかったことが大きい(苦笑)。最下位とは言っても供託金没収ラインの倍以上の票は取っているのだ。1回前の選挙結果だと、票数的には私の下に3人いる。低いレベルの泡沫候補が出ない位、市議会議員の候補者不足が深刻だという見方もできる。

私がこのブログに書いているような政策を出せるのも、日本中世界中あちこちに出かけていて見聞を広め、かつ積極的に学会等に参加して意見交流をしているからである(敢えて『勉強しに行っている』とは言わない。東大教授でも私に意見を求めることは多い。)。私が地域の行事に縛られて外出頻度が下がると、私なりの発想は生まれなくなるので、私が議員になる価値はなくなる。地域の声を聞くことが目的で議員になるのなら、私以外に適任者は沢山いる。私が最下位だったのも、この意味では妥当だと思う。私以外の全候補者が、地域の声を聞くことに対する適性に関しては、間違いなく私よりも遥かに上回っているからだ。また「地域の活動に参加したくない」というつもりはない。「地域の活動を最優先にしたくない」というだけだ。最近の私の生活だと、月の半分も長崎にいない、ということも珍しくない。その生活を変えたくない。議員になれば議員の活動が増えるので、私の生活にに地域の活動を入れる余裕はかなり少なくなるだろう、と出馬にあたって思った。


それはともあれ、「挨拶をしない」といって怒る人が多いのには、昔から困らせられる問題だ。私は人の顔を覚えるのが苦手で、相手は私を知っていても、私は相手のことを知らない。挨拶をしたのに返事もしなかった、と怒られるのなら当然だが、相手は何もしていないくせに、私が挨拶しなかったといって、陰で大騒ぎをする、という事例が、珍しくない。

選挙期間中なら、道ですれ違う人全員に「お願いします」と挨拶をしていたから問題はない。しかしもし当選すれば、それこそ外ですれ違う全員に挨拶をする生活をずっと続けないといけない。私は長崎市中心部のマンション暮らしで、マンションの中では誰にでも挨拶をするが、外に出ると市の中心部なので、いろんな所に住んでいる人が歩いている。観光客だって多い。仮に自治会に推薦されて当選したとなれば、どこに地域住民がいるかわからないので、顔を覚えてない以上は、マンションの外に出ても全員に挨拶するしか、地元で生きる道はなくなる。

以前スポーツクラブの更衣室で、誰にでも挨拶をしているおじいさんがいると思えば、元市長だった。市長をやめて相当の年月が経っていたが、挨拶をする習慣は続いているのだなぁ、と思った。私にそれはできない。

これは議員に限った話ではなく、日常でも同じことだ。私が30代前半で長崎に戻ってきた時に、こうなるのは予想していたが、実際は想像以上にひどいものだった。対策は2つしかない。人の顔を覚えられなくても頑張って覚えるか、極力人に会わないようにするかだ。私はとにかく人に会わないようにした。そもそも市外への外出が多いので、長崎にいる間は家にこもっていれば人に会わないで済む。人的交流は今の時代SNSがある。直接の人付き合いは私の場合長崎よりも他所の人間の方が多い。facebookで友達になっている人も県外在住者の方が多い。市外で友人と連絡を取って会うことはあっても、長崎市内で知人と会うことは、今も全くない。それが私にとって精神的ストレスが少ない生活スタイルなのだ。


こういう経験をふまえて思うのは、どうして長崎の人は東京から戻ってきた若者に対して、ここまで冷たいのだろうか、ということだ。私は若い頃に一度は都会の生活を送る方がいいと思っている。そこでの経験を長崎に持ち込むのが、長崎の発展につながるはずだからだ。

しかし現実には、大企業の役員を勤めて定年過ぎて長崎に戻る、というような人は別だろうが、20代30代で戻ってきた若者に対して、長崎の人は冷たい。いくら若くして経験豊富な人材であっても、『長崎では1年生なんだから、1からやり直せ』という態度だ。『地元には地元のやり方があるんだから、黙ってそれに従え』という感じで、他所の出身者に対してはそんなことはないのだろうが、地元出身で戻ってきた人に対しては、完全に自分より下の人間として扱う。これではせっかく長崎に帰ってきても、また東京に戻りたくなるし、実際に戻る人間も多い。私も東京に戻るつもりだったが、たまたま父がそのタイミングで他界し会社を継ぐ人間が他にいなかったので、長崎に残るしかなかったという経緯がある。長崎に住んではいても、人間関係は地元以外ばかりで全国に散らばっているので、そういう意味では東京に戻ったも同然ではあるのだが。長崎は生活するのにはいい所だと思っているが、人間関係は正直言って長崎で作りたくない。だから選挙に落ちる(苦笑)。

言っては悪いが私も30歳前後で東京にいた時は、周囲からそれなりの尊厳をもって扱われていた。例えば長崎で30歳大学准教授の人に対して、周囲はどんな扱いをするだろうか。私もそれに準じた扱いを、東京ではされていた。それが長崎に来てからの扱われようといったら、精神的に耐えられるものではかった。そして市議選の候補者としては、それ以上にひどい扱われ方をされることになる。


人口流出対策で、そもそも長崎から人が出ないようにしようという発想も強いようだが、根本的に考え方を改めないといけないと思う。