2020年8月17日月曜日

雲仙温泉は避暑地としての魅力向上を

先週雲仙温泉に宿泊した。

雲仙に泊まったのは、多分高校時代の雲仙合宿以来。そう、当時は高校生が勉強合宿のために、雲仙に1週間缶詰めにされたのだった。高校に冷房がないので、冷房無しで涼しい雲仙にほぼ強制で、夏休みを潰して出かけていたのだ。私の時は、自由時間一切なし。宿舎に缶詰め。そういう時代だった。

今は夏休みに勉強するために、県立高校に冷房が入ったと聞く。

今回感じたのは、やはり涼しい。私は冷房を使うと体調が悪くなるので、家ではエアコンを使わない。そのため夏場は眠りが浅く、気分がすっきりしないのだが、冷房不要の涼しい雲仙で2泊したら、ぐっすり眠れて、体調も良くなった。

もともと雲仙は避暑地として栄えたのだから、やっぱり夏場は避暑地としての魅力を磨いて、県内からの集客も図る方向性が重要だろうということを強く感じた。長崎市内からでもそんなに遠くないので、リフレッシュのために短期間でも雲仙に泊まるのは、仕事の生産性も上がっていいことだ。


と思っていたら、ちょうど長崎新聞に以下の記事が出た。

6日間滞在できる雲仙 ワーケーション施設充実へ コロナ禍対応で市観光戦略


目指すことは私と同じなのだが、やり方がちょっと違うというか、利用者本位ではない所が気になる。

例えばワーケーションの拠点施設。ネット環境を充実させて、遠隔作業の仕事がしやすい場所が求められるのだが、それに旧雲仙小学校の校舎を利用できないか市が考えているらしい。

実際に利用する立場からすると、仕事の合間にちょっと息抜きで散歩したりお茶したりするのに、旧雲仙小学校の場所は中心部から離れすぎている。本気で人を呼びたいのであれば、絶対に温泉街の中心部に作る必要がある。星野リゾートと相談して富貴屋跡地に作るとか、宮崎旅館の改装後に中に入れるとか、まず利用しやすい場所を考えることが重要である。現地の当事者の都合で施設の配置を決めると、利便性が悪くなって、人が来ない。


そもそも雲仙温泉の人たちは、自分たちの地域の魅力がどこにあるのか、観光客が何を望んでいるのか、わかっているのか。今回滞在して、そこが疑問だった。

高原のリゾートであればレンタサイクル、というのは、ごく自然に思い浮かぶ。雲仙でもやっと今になってレンタサイクル事業を始めたようだが、何と貸し出し場所がゴルフ場。そこまでどうやって行くのですか?

自転車を借りようとする旅行者は、公共交通機関を利用する人が中心だと思われる。だったら中心部とか旅館の近くで借りられないと、意味ないでしょ?車で来た人がわざわざレンタサイクルを借りるのですか?車前提でもいいけど、やっぱり貸し出し場所は中心部じゃないと、利用者にとっては不便である。

そもそも中心部に観光案内所すらない。普通はバスを降りたら観光案内所に行ってパンフレットを貰って、それから何をするか考えるものだ。最初から観光の前提が車になっているのだったら、そこは考え直した方がいい。

主要な施設の管理者がバラバラだということが、調整を難しくしていると思われる。民間の施設はさておき、島鉄バス、国(環境省)、県、市など、当事者が多い。県営バスのターミナル跡は廃虚になっていて、全く活用されていない。観光案内所は市が開設して現地の観光組合に運営を委託したりするものだが、そういう調整が全くされていないようだ。そもそも県営バスのターミナルがあった時には、中に観光案内所位あったのだろうか。

そういう所を調整して、旅行者にとって便利な場所にしないと、ワーケーションなんて利用されるはずはない。

あとは、コロナ対策にうるさすぎ。大自然が売りなのだから、「高原では人との距離を取ってマスクを外しましょう」と宣伝すればいいのに、どこに行ってもマスク着用。かなりうんざりした。共同浴場でも「マスク着用、手指消毒」。風呂に入るだけなのに、マスク着けたまま湯船に浸かるのですか?硫黄分ですぐ消毒されますよ。

あいにく離れる以前に人がいません。そんなに大きく掲示される必要は、ありません。

これが完全におかしい。「感染症予防のため」じゃなくて「高原の自然の空気を入れるため」に窓を開けて下さい。これだけ涼しいのに、普段は冷房を入れているのですか?


とにかく、「高原の自然の風を満喫して下さい」という空気が、全くなかった。下界はこれだけ暑いのだから、何を売りにすべきか、地元の人が理解していないと思った。

宿泊施設も同様。マスク着用は最小限にするべきだ。以下に長崎・雲仙・佐世保各市共通の宿泊施設向けガイドラインを示す。従業員や宿泊客にマスク着用を推奨するような記述は一切ない。マスクが必要なのは、感染の疑いのある客に対応する時の従業員だけである。

チームナガサキセーフティ


温泉宿で感染リスクが高い場所は大浴場の脱衣場だと言われている。脱衣場の換気さえ徹底させていれば、後は宿泊客に過剰なマスク着用を求める必要性は全くない。そもそも風呂から上がったらすぐマスクを着けたいと思うだろうか。

新型コロナ陽性者が出る前提での観光推進を


上の記事にも書いたが、宿泊客の満足度を高めるためにも、マスクは極力使わないような方向で考えてもらいたい。


他にも色々アイデアはあるが、次の機会に回したい。

2020年8月7日金曜日

市民病院で新型コロナ患者が亡くなったそうですが

長崎なんたらセンター(長いので覚えられない。以下、市民病院と書く)で、新型コロナ罹患者がお亡くなりになられた。

もともと基礎疾患があって、入院されていたそうだ。


市民病院といえば、私のおばさんのことを思い出す。

おばさんは末期ガンで市民病院に入院していた。

で、そろそろ危なそうだという話を聞いたので、ある日、お見舞いに行った。入院してから会いに行くのは、初めて。そもそも、会うこと自体が10年振り位、いやもっとだったかもしれない。

病院に行くと、おじさんがつきっきりで看病していた。おばさんは意識はあるけど、私が来ていることを認識できているのかも、わからないような状況だった。

おじさんは、「昨日も親戚が来ていて、話をしてたんだけどねぇ。今日はつらそうだよ。」と言っていた。

結局、翌日亡くなって、私が家族以外で最後の面会者になった。


仮に、である。

このおばさんに新型コロナの陽性反応が出ていたら、どうなっていたか。

当然、隔離されて、旦那さんの看護も不可能。家族以外の面会なんて、論外。

ううん、と考えさせられる状況である。

2020年8月2日日曜日

過度なコロナ対策で子どもに責任を負わせるな

内容的には前回の続きになる。

なぜコロナ対策で高齢者の行動に制限をかけない?


長崎県でも学校で集団感染が起こり、大騒ぎになっている。
私は学校関係者とつながりが無いので、実際にどうなのかは、わからないが、多分大騒ぎになっているのだろう。

繰り返し書いているが、もう新型コロナによる病気の特徴は、かなりわかってきている。致死率はインフルエンザ並みで、一番違うのは、インフルエンザでは子どもも死ぬが、新型コロナでは死なないということだ。日本では20歳未満の新型コロナ死者は、今だにゼロである。

それなのに、何故コロナ対策で子どもの行動が制限されるのか。前回も書いたが、高総体の中止は、大人の都合に高校生が巻き込まれただけだ。高校生は罹患しても死なない。死ぬ可能性があるのは、役員その他の高齢者だ。だったら、高齢者は会場立ち入り禁止にして高総体を開催すれば良かったのだ。

今後も、子どもたちにとっては一生の思いでになる行事が、どんどん中止に追い込まれるだろう。これから行われる修学旅行や体育祭・文化祭はどうなるのか。


私が高校三年生の時に昭和天皇が崩御した。もう時代は平成も過ぎ令和に入ったので、その時のことを覚えている人も少なくなってきただろう。しかし、当時の高校三年生にとっては、あらゆる行事が自粛になり、一生忘れられない出来事になっている。

私の高3時の秋の体育祭文化祭は、中止にはならなかったが規模縮小された。準備段階から、今一つ盛り上がれなかった。そしてもし前日に天皇が崩御したら、多分中止になっていただろう。それを事前に学校側が決めていたかどうかは知らないが、常識的には中止だったと思う。

では、今年は秋の体育祭や文化祭の前日に校内でコロナ罹患者が発覚したら、どうするのか。中止にするのだろうか。多分、中止にするのだろうが、それをきちんと決めておけるのか。

日本の文部科学省は、最初から新型コロナ罹患者に対する対応は、インフルエンザ並みにするという指針を出していた。罹患者が出れば、本人が出席停止になるだけで、学級閉鎖や、ましてや学校閉鎖にする必要はない、という判断だった。ところが各地の自治体が、陽性者が1人でも出れば学校を閉鎖しまくっていった。

長崎県の教育委員会では、このことについてどう考えるのだろうか。多分、行事は一切中止という通達を出すと思われるが、昭和天皇の自粛ムードを経験した人間からすると、必要以上の対応をして高校生の一生の思い出に残るイベントを、簡単に中止にして貰いたくないという気持ちが強い。今の新型コロナによる重症者・死者の状況を見れば、学校での対応はインフルエンザ並みで十分である。

また、中止にすれば、陽性反応が出た(敢えて罹患したとは書かない)生徒や先生に、一生の傷を負わせることになる。「罹患した人は悪くない。責めてはいけない。」といくら言っても、自分のせいで行事を中止にさせたとなれば、本人は一生責任を感じるはずだ。生徒に大きな責任をかぶせるような決定を、絶対に行政側がやってはいけない。


<追記>
専門医の方が作った素晴らしいスライドがありました。
学校閉鎖についても書いてあります。
是非皆さん読んで下さい。

新型コロナウイルスのNow!


2020年7月27日月曜日

なぜコロナ対策で高齢者の行動に制限をかけない?

この話は長崎県に限ったことではないのだが。

とりあえず、長崎県の新型コロナウイルス対策の目的が見えないという話は、前回書いた。

長崎県のコロナ対策は目的が見えないことが問題



そして、諌早市で70代男性の感染が判明したのだが、場所が問題である。

健康センターで陽性患者と接触 長崎県諫早市の70代男性が新型コロナ
男性は7月17日、諫早市の小長井健康センターにあるトレーニング施設を利用していて、ここで長崎県内51例目となった諫早市の50代の男性と接触があったということです。

私が以前から思っていることなのだが、この件を契機に書きたい。

感染症対策というのは、ハイリスクな人たちを隔離する、ということが基本のはずだ。スポーツジムは感染が起こる場所だというのは、かなり以前からわかっていたこと。では何故、感染が広がっている今の時期に、高齢者のスポーツジム利用を禁止しないのか。


子どもは感染してもほぼ無症状か軽症で済む。実際に日本では18歳以下の死者は、ゼロである。

それなのに「命が大事だ」とか言って、高総体を中止にした。

高校生は感染しても死なない。命が大事だと言うのであれば、60歳以上の人を立ち入り禁止にして、高総体を開催するという選択肢もあったのではないか。

高総体に限らず、多くの若年層のイベントが中止・規模縮小になっている。弊害が多いと言われながらも、子どもへのマスク着用やソーシャルディスタンシングを行っている。それは全て、「子どもを経由してハイリスクな高齢者を感染させてはいけない」という理由だったのではないのか。

コロナと小児科医療 「子どもの重症化リスク低い」 長崎大学病院 森内教授

また、成長発達の過程にある子どもが、友達との触れ合いの機会が減り、マスクを着けた状態でしか友達や先生の顔を見られないと、表情から感情を理解できない大人に成長する恐れもある。子どもを犠牲にしていることを頭に置き、どこまで我慢を強いるべきかを考えたい。

そうやって子ども達に負担をかけるのに、何故、もともとハイリスクな高齢者は自由に行動させているのか。感染拡大防止対策としては、全く意味不明である。

民間のスポーツ施設で年齢制限をかける、となれば、経営問題になる。しかし、公営の施設であれば、例えば60歳以上の利用を当面控えてもらう、などの対応は、できるはずだ。何故やらない?


とにかく「高齢者のため」とか言って子どもたちに過剰な負担をかけながら、その高齢者は自由にさせているという今の日本社会は、絶対におかしい。

2020年7月23日木曜日

長崎県のコロナ対策は目的が見えないことが問題

長崎県内でも無症状の検査陽性者が増え(患者とは言わない)、県民および旅行者の不安感を増大させているが、特に県知事がしっかりとしたメッセージを出さないことが、大きな問題だと感じる。

新型コロナ対策で一番まともなことを言っているのは、大阪府の吉村知事だ。

ちょっと長いので私も全部は見ていないが、会見のようすを紹介する。


大阪府・吉村知事「陽性者120名程度。過去最多。30代以下が7割」(2020年7月22日)


吉村知事は、これだけ大阪府内で検査陽性者が増えても、Go Toキャンペーンについて「その必要性は認識をしています。」と言っている。

大阪府・吉村知事が定例会見7月22日(全文2)休業要請は持続可能なやり方ではない


吉村知事の素晴らしい所は、コロナ対策の目的がしっかりしていて、そこを目指していると明言していることである。具体的にいえば、「医療機関をひっ迫させない」ということだ。

いくら検査陽性者が増えようが、無症状や軽症者ばかりであれば、ホテル療養にすれば医療機関への負担は減らせる。だからホテルを確保する。そして、医療に負荷がかからない範囲内で経済を回す。今は重症者が非常に少ないので、感染拡大に注意しながら、飲食店の利用や旅行も認める。実にわかりやすい。

長崎県知事の話からは、こういう方針が全く感じられない。観光客を受け入れることが長崎県経済のために重要であるのなら、そのためにどういう対策を取っていくか、吉村知事のようにきちんと説明すればいいのだ。長崎県の場合、現在病床を占有しているのは、重症者どころか軽症ですらない無症状者ばかりだと、何故知事の口から言わないのか?

実際には方針も対策もないので、説明のしようがないのだが(苦笑)。


長崎県の方針のなさが顕著に現れたのが、五島での陽性者発覚後の対応である。この対応に問題があることは、前回の記事に書いた。

五島保健所は自ら医療崩壊を招くつもり?


陽性者の濃厚接触者はいないが、接触者の希望者全員に検査をした。何のための検査なのか、目的が全く見えない。

接触者13人の検査は陰性だったようだが、仮に全員陽性だったら、どうしたのか?全員入院させるつもりだったのか?陽性判明者2人に加え13人を入院させたら、15人になる。五島市の感染症指定病院に15人も入院させると、他の診療に影響が出ないのか。そこまで考えて検査をしたのだろうか。

みなとメディカルなど新たに3人 長崎県内感染確認50人に


税金を使って検査をする以上、それは「陽性になる確率が高い」ことが理由にならないといけない。つまり、13人が陽性になる前提で事後の対応を考えた上で、検査をしないといけないのだ。仮に陽性者が出ないと思うのであれば、公費で検査をしてはいけない。

政府の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策を助言する分科会の尾身会長は、PCR検査の対象として、以下のように述べている。

1例でも感染出た医療機関、接触問わず「PCR検査可能に」、分科会


検査体制を巡って、尾身会長は7月6日の初回会合で、(1)有症状者、(2)感染リスクおよび事前確率が高い無症状者、(3)感染リスクおよび事前確率が低い無症状者――の3つのカテゴリーに分けて、それぞれの対象範囲やふさわしい検査の在り方を検討する意向を示していた。

一方、これらに該当しない(3)の場合は「行政検査は実施しない」と明記し、自費での検査であれば認める考えを示した。

五島市の接触者は(2)だったのか。「濃厚接触者」であれば(2)だと言えるが、ただの「接触者」であるから(3)であろう。


長崎県の対応は、「医療機関に負荷をかけないようにする」ことを目標にしているとは、思えない。大量の無症状・軽症の陽性者を炙り出し、無症状の状態で入院させ、医療機関の負担を増やし、コロナ以外の患者への診療に悪影響を与えている。

そして、県民には「医療危機が起こる」と言い、行動を萎縮させる。この状態で観光客に来て下さいと県民が思えるはずがない。

私はかなり前から訴えているのだが、何故長崎県は離島での軽症者用施設を確保しないのか。確保できているのは壱岐市の市所有施設だけだと聞く。


「コロナ後」を見据えた観光戦略を
「コロナ後」の対策を、特に対馬で早めに立てよう


長崎県がやるべきことは、特に離島において軽症者用の施設をしっかり確保し、「陽性者が出ても通常の医療には影響が出ないようにします」と言うことではないか。

また、壱岐では重篤化のおそれがある罹患者を自衛隊のヘリコプターで本土に搬送した。今回も五島で重篤化のおそれがあるとして、海上保安庁の巡視船で搬送した。こういう例を挙げ、「何かあっても万全の体制で治療しますから、心配しないで下さい」と離島住民に言うべきではないか。


長崎県の対応は、とにかく県民の不安感を煽って行動を萎縮させようとすることばかりだ。そのくせ、観光客には来てくださいと言う。これでは県民が県政に対して信頼感を持てるはずがない。観光客に来てくれと言うのであれば、大阪府知事みたいにしっかり方針を示して、県民を納得させる努力が必要である。


2020年7月22日水曜日

五島保健所は自ら医療崩壊を招くつもり?

五島市で初の新型コロナウイルス感染者が確認された。
2人とも現在無症状だということである。

以前から繰り返し書いているが、ウイルスが永久になくならない以上、「感染者を出さない」という方針を取るのは間違いで、「出た時にどう対処するか」を考えることが重要である。

もともと日本の新型コロナ対策はどういう方針だったかといえば、医療崩壊を招かないことと重症者を出さない、ということだった。感染者をゼロにする、ではない。

ところが、各地の首長が「感染ゼロ」を目指して検査数を増やし、無症状の感染者を大量に浮かび上がらせて、国民の不安を増大させている。今大量に出ている感染者は、「37.5度以上の発熱が4日続く」という以前のルールに従えば、ほぼ全員が「検査を受けられなかった」人たちであり、重症者もほとんど出ていない。それなのに、国民の不安は解消されていない。

「発熱4日ルール」までは行かなくても、無症状者に対する検査をなくすだけでも、国民の不安感の解消度は相当なものになるのだ。安心のために検査をするというのは大きな間違いで、現実には検査をすることにより国民の不安は増大しているのである。


五島市の話に戻す。感染者の濃厚接触者はいないということだが、接触者は希望すれば全員検査を受けられるそうだ。

五島市内で新型コロナウイルス感染者が確認されたことによる市長メッセージ

今回、感染された方との接触者につきましては、7月21日から22日までに五島保健所から連絡があり、希望される方は全員検査を受けていただきます。なお、濃厚接触者と判定された方はいらっしゃいませんでした。

これ、誰が決めたのだろうか。文面からすると五島保健所だろうか。となると、長崎県が決めたということだ。

もしこれで無症状の感染者が何人も出てきたら、県はどう対応するつもりなのだろうか。

五島市の感染症病床は4床しかない。もうそのうちの2床が埋まっている状態だ。23床までは対応できるようだが、そうなると医療機関の機能低下は免れず、他の病気の人に対して十分な医療が提供できなくなる。

これは実際に東京での感染ピーク時に起こった話で、コロナ対策で病院が疲弊し他の病気への対応に影響が出て、新型コロナによる死者よりも他の病気による死者が増えた、という現場の意見がある。

新型コロナ「超過死亡」提示へ 厚労相「専門家と検証」

海外では週単位で全死亡数が公表されており、「超過死亡は感染者の死亡報告数より6割多い」などとする分析が出ている。感染者の見逃しだけでなく、医療崩壊が起きて適切な医療を受けられずに死亡した可能性などが指摘されている。


長崎市でも検査陽性者の数が増えていることが問題になっているが、「入院中」の全員が無症状である。

さすがに全員が無症状だというのはデータがおかしいとも思えるが、新聞報道に出ている範囲では、「入院した」という話は全員症状が改善した後である。
(7/27追記 上の図、クリックしてみて下さい。さすがにゼロは間違いで、「データなし」だそうです)

長崎市民病院(今は名前が変わったらしいが、長すぎて覚えきれない)ではクラスターが発生し、診療のほぼ全面休止など大幅に病院機能が低下している。

みなとメディカル感染4人 長崎県内46人に 五島でも2人初確認


ところが、検査陽性者は全員発熱1日とか無症状というレベルで、そういう人を入院させ医療資源を食いつぶし、本来の患者さんへの診療が手薄になっているのだ。

私は当該病院に知人がいないので全く情報を持たないが(Yahoo!ニュースのコメント欄では見かけた)、さすがに今の状況に直面すれば、このやり方はおかしいと思うだろう。発熱1日とか無症状の患者を完全防御で手厚く保護して、他の患者の診療を制限しているのだから、まともな医療者なら相当歯痒い思いをしているだろう。


長崎県は、本土の医療体制を1段階上の「フェーズ2」に引き上げた。

新型コロナ 長崎県「フェーズ2」へ 本土の医療機関に病床確保を要請

本土では長崎市の長崎みなとメディカルセンターで集団感染が発生するなど、19日現在、計23人が指定医療機関に入院、または軽症者用宿泊療養施設に入所。県は入院・入所の内訳を公表していないが、入院者が49床の3分の1を超えたとみられる。

しかし、何故入院・入所の内訳を公表しないのか。入院者が軽症なのか無症状なのか公表しないのか。上に出したデータは、県が軽症なのか無症状なのか公表していないから、「軽症・中等症」が0なのかもしれないが、仮に全員無症状で、無症状者のために病床が圧迫されて、他の病気の患者への診療体制が制約されるというのは、おかしいだろう。

以前にも書いたが、やはり長崎県は、対応が根本的に間違っていると思う。

長崎県医師会と長崎県知事は今何をすべきか全くわかっていない



長崎県の医療関係者は、「コロナ対策の目的」が何なのかを、もう一度考え直して欲しい。



2020年7月15日水曜日

「Go Toキャンペーン」を活用して都会から観光客を呼び込もう

政府が7月22日から始める旅行推進策の「Go Toキャンペーン」に対して、賛否両論が出ている。

反対派は、ほぼ「都会から地方にウイルスを拡散させるな」という意見だ。しかし、その理由で事業を中止する必要はあるのだろうか。

これは「新型コロナウイルス対策」がどこを目指すのか、ということと密接に関係している。


今の段階でわかっていることといえば、コロナ対策として「封じ込め」は無理がある、ということだ。

ウイルスは絶滅させることはできない。私が知る限り、ウイルスがなくなると言っている専門家は1人もいない。では、なくならないという前提でどういう対策を取ればいいのか。

今の世の中、国境を永遠に閉ざすことは経済面からほぼ不可能なので、仮に国単位での封じ込めが成功したとしても、国境を開けばいつかはウイルスが入ってくる。1度は封じ込めに成功したと思われた韓国や香港、シンガポールでは、再度流行が起こってしまった。

また、今でも封じ込め状態を続けているニュージーランドでは、国境を開くことができずに困っている。ニュージーランドは現在冬で、私も去年の今ごろはニュージーランドにスキーに行っていた。世界中からスキー客が集まっていたが、今年は海外からの観光客を入国させることができずに、現地のスキー関係業者も大変だろう。

となると、集団免疫が達成されて、感染が収束するしか方法はない。ヨーロッパは集団免疫が達成されて、感染が収束に向かいEU域内での旅行は自由にできるようになった。日本からの観光客が自由に入れる国も増えている。


行動規制による感染拡大防止策は、あまり意味がないというのは世界中の事例を見るとわかる。かなり早期に厳しい行動規制を取れば効果はあるようだが、それでも永久に行動規制を続けないと感染拡大を止めることはできない。

アメリカではカリフォルニア州が早期に行動規制を取って感染拡大防止に成功し、ニューヨーク州は失敗したと言われていた。ところが今の状況を見ると、ニューヨークは集団免疫が達成されて感染が収束しているが、カリフォルニアはまだ感染拡大が止まらず、行動規制を続けないといけない状況になっている。この現況を見て、カリフォルニアの行動規制が成功だったと言っていた人は、どう考えるのだろうか。


世界中を見ても、新型コロナ対策が成功したと言えるのはスウェーデンだけではないだろうか。スウェーデンも全く規制をしなかった訳ではない。市民生活の規制は最小限にして、重症化リスクの高い高齢者が罹患しないような対策を取った。

スウェーデンが失敗だったという人は、高齢者の死亡率が高いことを理由に挙げる。確かに、隔離したはずの高齢者施設で集団感染が起こったことは、スウェーデン政府も失敗として認めている。それでも国全体の人口あたり死亡者数はイギリスより低く、経済活動とのバランスを考えると、全体としてみれば成功したと言えるだろう。


では日本の地方はどうすればいいのか。「ウイルスを持ち込まない」では、永遠に地域を閉ざさないといけない。「ウイルスが持ち込まれることを前提にして、重症者・死亡者を出さない医療体制を作る」ことが、コロナ対策の目的にならないといけないのだ。

新型コロナ陽性者が出る前提での観光推進を


そもそも日本のコロナ対策の目的も、最初は「重症者・死亡者を出さない医療体制を作る」ことだったはずだ。それが世論に押されて、「感染者を1人も出さない」に変わってしまった気がする。


これは2月24日発表の政府専門家会議の資料だ。「現時点」というのが「この1〜2週間が瀬戸際」と言った時点である。この図からすると、今は「重症化防止」の時期であり、感染拡大防止のタイミングではない。

そして注意すべき点は、今は何故か感染者が重症化しなくなっていることだ。

なぜか、新型コロナで誰も重症化しなくなっているをデータで見る


「重症化しなくなっている」と判断するにはまだ早い、という意見もあるが、私はさすがにもう判断していいと思う。

では何故重症化しなくなったのか。ウイルスが変異して弱毒化しているのかもしれないし、あるいは夏場は人間の免疫力が高まるので、冬場なら重症化する人でも夏場に罹患すれば軽症で済むのかもしれない。


ここが重要である。仮に夏場の免疫力が要因で重症化しないのであれば、冬場より夏場にウイルスの流行が起こった方が、重症化する人を減らすことができるのだ。

地方が永遠に都会からの人を受け入れないつもりなら、「Go Toキャンペーン」に反対して閉鎖状態を作るのは構わないと思う。しかし、いつかは感染が広がって集団免疫が達成されないといけないのであれば、夏のうちにウイルスの流行が起こった方が、被害は少なく済むのだ。

私は地方在住者として「G0 Toキャンペーン」に乗る方がいいと考える。