長崎県の離島を結ぶ航空路は、住民の貴重な生活の足としての面と、今後増やさないといけない観光客の取り込み手段という面がある。
それを担う役割としてのORCが抱える運行上の問題といえば、次の2つであろう。
・長崎対馬線で、特定の便の乗客が集中し、予約が取りにくい状況にある。
・欠航が多い。
第一の点。もともとこの路線はANA(ANK)のジェット機が運航していたものを、ORCの経営再建のために、ORCに移譲させたものである。
(公式には、ORCの参入発表→ANKの撤退発表、という形だった気はするが。)
ANKからORCに移って、確かに1日の便数は増えたが、もともとこの路線、朝と夕方に乗客が集中する性質がある。便数が増えて1日あたりの座席数は増えても、多くの人が乗ろうと思う時間帯の便の座席数が減っては、積み残しが出るのは当然のことである。特に金曜対馬夜発の便は乗客が多く、2便体制にしても、今でも満席になることがしばしばある。
ここは考え方の問題である。確かにORCの経営問題も重要であろうが、住民の足としての交通政策を考えるべきではなかろうか。
そのためには、対馬発最終便と長崎発始発だけ、ANAのジェット機運航に変えてもらえばいい。ORCとANAのコードシェアを行っている今となっては、これはそんなに難しいことではない。
ANAからすれば、対馬発福岡行き最終便の機材を長崎行き最終便に振り替えればいいだけだ。その機体は長崎で1泊して翌日朝一で対馬へ向かう。
そのかわり、対馬発福岡行き最終便と福岡発対馬行き始発便をORC運航にすればいい。こういう機材繰りの変更をしても、コードシェアを行えば、ANAにとっての不利益はないだろう。
第二の点。
天候不良で欠航になるのは仕方がない部分もある。ところが最近多くなっているのが、機材整備のための欠航。これは、機材が古くなっていることに起因する。
他にもこれから理由を述べるが、もう今のうちから機材の更新を考えた方がいいだろう。
現在ORCが使用している機材は、かの有名なボンバルディア社のQ200というもの。これを置き換えるものとして現在製造されている機材は、ATR42しかない。
現在のQ200よりATR42の最新型ATR-600の方が燃費はいい。この燃料高の時代、経費削減という意味でも、燃費のいい機材に置き換えるのは正しい選択だろう。
ATR-600にした場合のメリットとして、必要とされる滑走路距離の短さから、滑走路が800mしかない上五島空港でも離発着できるという点がある。上五島空港をこのまま利用せずに放置するより、新機種導入で、再度活用した方がいい。今後増やさなければいけない上五島への観光客の足としても、50人前後の乗客を運べるATR42の導入メリットは高い。
そしてATR42-600は、ILSカテゴリーⅢという自動操縦装置に対応している。これを使えば、視界不良による欠航を大幅に減らすことができる。
まあ、上五島空港をILSカテゴリーⅢに対応させるには、どれだけの費用がかかるのかはわからないが、考えてみるのもいいかもしれない。
現実には、新機種導入は費用面などで難しいかもしれない。しかしそこは考えよう。単独で導入することはない。まだ日本でATR42-600を導入予定の航空会社はないが、このサイズの飛行機を運航している会社は、いつか機材更新を検討しなければならない。ここは、ORCと天草エアライン(AMX)、そして日本エアコミュータ(JAC)が共同で2機程度購入して、3社の路線で使い始めればいい。
整備などは福岡のJACで行うようにすれば、ORCもAMXも機材維持にかかるコストを削減できる。
ANAと提携しているORCがJAL系列のJACと提携するのは難しいかもしれないが、そこは何とか知恵を出し合い解決できる方法を探ろう。
2011年8月11日木曜日
2011年7月31日日曜日
観光客が夜に楽しめる仕掛けを
近年、長崎市を訪れる観光客の中で日帰り客が占める割合が高く、そういう人達にいかにして宿泊してもらうかが課題になっている。
日帰りと宿泊では、地元に対する経済効果は大きく違うので、できれば宿泊して頂きたいと考えるのは当然のことだ。
そこで、夜景観光に力を入れ始めている。夜景を目的として宿泊する人の割合が高まる効果も期待してのことだろう。
これ自体はとてもいいことだと思う。しかし、夜景を見てからでもその日のうちに福岡位までは行ける。確実に宿泊してもらうために、もう一押しできないだろうか。
長崎市では、商店街も中華街も夜8時には閉まって、観光客が夜出歩く楽しみがないと言われる。
このことに関しては、それぞれの商店の経営に関わることなので、一律に対応を迫るというのも難しいことだ。とりあえずは各商店ができるだけ夜遅くまで店を開いてもらうのを期待するしかない。
しかし、当然夜に開いている店もある。出島ワーフや、一口餃子のお店、ラーメン屋などが挙げられる。
私も多くの観光客を連れて、夜に出島ワーフや一口餃子屋さんに行ったことがある。とても好評であった。こういう場所に、市内のホテルから誘導することを考えてみてはどうだろうか。
現在、市内ホテルから稲佐山ロープウェー乗り場まで無料送迎バスを走らせている。これをもう一工夫して、出島ワーフや思案橋へも運行してはどうだろうか。
この夜の循環バスは無料でもいいが、とりあえず100円なり120円なりの運賃で走らせて、観光客以外も自由に乗れるようにして試してみるのがいいだろう。
都心部循環バス「らんらん」は既存交通機関との競争で客が増えずに撤退したが、路面電車の終電後にも走る夜の巡回バスなら需要も発掘できるだろうし、観光客に新たな夜の楽しみを提供できるのではないかと思う。
日帰りと宿泊では、地元に対する経済効果は大きく違うので、できれば宿泊して頂きたいと考えるのは当然のことだ。
そこで、夜景観光に力を入れ始めている。夜景を目的として宿泊する人の割合が高まる効果も期待してのことだろう。
これ自体はとてもいいことだと思う。しかし、夜景を見てからでもその日のうちに福岡位までは行ける。確実に宿泊してもらうために、もう一押しできないだろうか。
長崎市では、商店街も中華街も夜8時には閉まって、観光客が夜出歩く楽しみがないと言われる。
このことに関しては、それぞれの商店の経営に関わることなので、一律に対応を迫るというのも難しいことだ。とりあえずは各商店ができるだけ夜遅くまで店を開いてもらうのを期待するしかない。
しかし、当然夜に開いている店もある。出島ワーフや、一口餃子のお店、ラーメン屋などが挙げられる。
私も多くの観光客を連れて、夜に出島ワーフや一口餃子屋さんに行ったことがある。とても好評であった。こういう場所に、市内のホテルから誘導することを考えてみてはどうだろうか。
現在、市内ホテルから稲佐山ロープウェー乗り場まで無料送迎バスを走らせている。これをもう一工夫して、出島ワーフや思案橋へも運行してはどうだろうか。
この夜の循環バスは無料でもいいが、とりあえず100円なり120円なりの運賃で走らせて、観光客以外も自由に乗れるようにして試してみるのがいいだろう。
都心部循環バス「らんらん」は既存交通機関との競争で客が増えずに撤退したが、路面電車の終電後にも走る夜の巡回バスなら需要も発掘できるだろうし、観光客に新たな夜の楽しみを提供できるのではないかと思う。
2011年3月30日水曜日
いま長崎の被爆者が福島の人に対してできること
福島の原子力発電所の事故で大変なことになっています。
言うまでもなく長崎は被爆地であり、今でもたくさんの被爆者の方が元気に生きておられます。
これまで長崎は、原爆の恐ろしさ、被曝の恐ろしさについては、世界中に発信してきました。
しかし、被爆後65年が経った今でも、被曝しても元気に生きている人がたくさんいる、ということについては、ほとんど発信していなかったと思います。
そのため、とにかく放射線は恐ろしいものだ、というイメージだけが世間に広がっている印象を受けます。
今大事なのは、放射線の恐ろしさだけを発信するのではなく、ある程度の放射線量を受けても、大きな健康被害はない、ということも伝えて、福島の人の不安感を取り除くことではないでしょうか。
長崎(そして広島)には、今、福島の原発の近くに住んでいる人が受けた、あるいはこれから受けるであろう放射線量より、遥かに多くの放射線を受け、しかも被爆後65年経っても、元気に生きている人が沢山いるのです。
この、今元気に生きている被爆者の方々が福島に出向いて、放射線の被害に対する不安を持っている人達に、「私は何シーベルトの放射線を浴びたけど、65年経っても、この通り元気です。みなさんが受ける放射線量は、私たちより遥かに少ないはずです。私は子どもの時に被曝しました。赤ちゃんの時に被曝しました。それでもこの通り元気です。みなさんも、どうぞ心配しないで下さい。」と直接語り、現地の人を勇気づけてあげることはできないでしょうか。
今大事なのは、放射線の怖さを語り福島の人を不安にさせることではなく、不安を取り除くことでしょう。マスコミの報道では、放射線による健康被害のことしか話されていません。これでは、いくら心配しなくても大丈夫だ、と言われても、誰でも心配になります。この不安感を取り除くことができるのは、長崎、そして広島の被爆者しかいないのではないでしょうか。
言うまでもなく長崎は被爆地であり、今でもたくさんの被爆者の方が元気に生きておられます。
これまで長崎は、原爆の恐ろしさ、被曝の恐ろしさについては、世界中に発信してきました。
しかし、被爆後65年が経った今でも、被曝しても元気に生きている人がたくさんいる、ということについては、ほとんど発信していなかったと思います。
そのため、とにかく放射線は恐ろしいものだ、というイメージだけが世間に広がっている印象を受けます。
今大事なのは、放射線の恐ろしさだけを発信するのではなく、ある程度の放射線量を受けても、大きな健康被害はない、ということも伝えて、福島の人の不安感を取り除くことではないでしょうか。
長崎(そして広島)には、今、福島の原発の近くに住んでいる人が受けた、あるいはこれから受けるであろう放射線量より、遥かに多くの放射線を受け、しかも被爆後65年経っても、元気に生きている人が沢山いるのです。
この、今元気に生きている被爆者の方々が福島に出向いて、放射線の被害に対する不安を持っている人達に、「私は何シーベルトの放射線を浴びたけど、65年経っても、この通り元気です。みなさんが受ける放射線量は、私たちより遥かに少ないはずです。私は子どもの時に被曝しました。赤ちゃんの時に被曝しました。それでもこの通り元気です。みなさんも、どうぞ心配しないで下さい。」と直接語り、現地の人を勇気づけてあげることはできないでしょうか。
今大事なのは、放射線の怖さを語り福島の人を不安にさせることではなく、不安を取り除くことでしょう。マスコミの報道では、放射線による健康被害のことしか話されていません。これでは、いくら心配しなくても大丈夫だ、と言われても、誰でも心配になります。この不安感を取り除くことができるのは、長崎、そして広島の被爆者しかいないのではないでしょうか。
2011年3月5日土曜日
子ども手当ての所得制限には理論がない
子ども手当ての是非はさておき、子ども手当てに所得制限をする、というのは、政策の意義という点で考えると、筋が通らない。
理由を2つの点から述べる。
まず、「高所得者は生活に余裕があるから、子ども手当ては要らない。」という意見に対して。
そもそも「収入が高い」ことと「子育てにお金がかかる」ことは、直接関係がない。
収入が高い人は、それだけ沢山の税金を払っている。所得税は累進課税だから、収入の高い人ほど課税される率は高い。
「生活に余裕がある」ことに対して、「高い税率」という点で負担を大きくされているのだから、さらに「子ども手当ての不支給」という二重の負担をかける必然性があるのかは、私には疑問である。沢山税金を払っているのだから、そのうちの一部が子ども手当てとして戻ることに、そこまで文句を言う必要があるのだろうか。
次に、「子どものいない高所得者」と「子どものいる高所得者」との間の関係から考える。
政策というのは、何らかの意図を持っているものだ。政策によって社会がある方向に誘導されないのであれば、その政策を打つ意味がない。
高所得者に子ども手当てを支給しないということであれば、「高所得者は子どもを作らなくてもいい」という政策意図があることになる。意図はなくても、そういう政策を実行すれば、社会はそう動く。
私がもっと若い頃・バブル時代には、DINKSという言葉が流行った。共働きで子どもがいない。稼ぎも多くて、その稼ぎを夫婦がぜいたくに使っていい暮らしをする。いかにもバブリーな発想で、最近はあまり聞かなくなったが、まあそういう人も都会には沢山いる。
私もかつては東京でDINKSな生活をしていた。それを望んだ訳ではなく、たまたまそうなった。夫婦の稼ぎが増えてくると、自然と生活は贅沢になっていく。一度贅沢になった生活水準を落とすのには、かなりの強い意思がいる。正直言って、子育てにお金と時間を費やしたいという気持ちには、全くなれなかった。逆にいえば、そんな状況にあって子どもを育てている人には、何かメリットを与えてあげた方がいいと思ったし、よほどのメリットがないと子どもなんて作る気にならないよな、とも思った。
現実として、平均所得が最も高い東京都の出生率は全国一低く、平均所得がビリ争いの長崎県の出生率は全国トップクラスの高さである。
何も考えないと、「だから長崎の低所得者夫婦には子ども手当てを支給して、東京の高所得者夫婦には支給しなくていいんだ」となるかもしれない。でもそれでいいのか。もう1つ先をいえば、これは「子どもは長崎の低所得者が作るから、東京の高所得者は作らなくてもいいよ」という方向に誘導する政策になってしまうのだ。
やはり、「子どもはみんなでつくりましょう」という政策の方がいいのではないだろうか。そのためには、「子ども手当てに所得制限をかける」というのは、筋の通らない政策なのだ。
理由を2つの点から述べる。
まず、「高所得者は生活に余裕があるから、子ども手当ては要らない。」という意見に対して。
そもそも「収入が高い」ことと「子育てにお金がかかる」ことは、直接関係がない。
収入が高い人は、それだけ沢山の税金を払っている。所得税は累進課税だから、収入の高い人ほど課税される率は高い。
「生活に余裕がある」ことに対して、「高い税率」という点で負担を大きくされているのだから、さらに「子ども手当ての不支給」という二重の負担をかける必然性があるのかは、私には疑問である。沢山税金を払っているのだから、そのうちの一部が子ども手当てとして戻ることに、そこまで文句を言う必要があるのだろうか。
次に、「子どものいない高所得者」と「子どものいる高所得者」との間の関係から考える。
政策というのは、何らかの意図を持っているものだ。政策によって社会がある方向に誘導されないのであれば、その政策を打つ意味がない。
高所得者に子ども手当てを支給しないということであれば、「高所得者は子どもを作らなくてもいい」という政策意図があることになる。意図はなくても、そういう政策を実行すれば、社会はそう動く。
私がもっと若い頃・バブル時代には、DINKSという言葉が流行った。共働きで子どもがいない。稼ぎも多くて、その稼ぎを夫婦がぜいたくに使っていい暮らしをする。いかにもバブリーな発想で、最近はあまり聞かなくなったが、まあそういう人も都会には沢山いる。
私もかつては東京でDINKSな生活をしていた。それを望んだ訳ではなく、たまたまそうなった。夫婦の稼ぎが増えてくると、自然と生活は贅沢になっていく。一度贅沢になった生活水準を落とすのには、かなりの強い意思がいる。正直言って、子育てにお金と時間を費やしたいという気持ちには、全くなれなかった。逆にいえば、そんな状況にあって子どもを育てている人には、何かメリットを与えてあげた方がいいと思ったし、よほどのメリットがないと子どもなんて作る気にならないよな、とも思った。
現実として、平均所得が最も高い東京都の出生率は全国一低く、平均所得がビリ争いの長崎県の出生率は全国トップクラスの高さである。
何も考えないと、「だから長崎の低所得者夫婦には子ども手当てを支給して、東京の高所得者夫婦には支給しなくていいんだ」となるかもしれない。でもそれでいいのか。もう1つ先をいえば、これは「子どもは長崎の低所得者が作るから、東京の高所得者は作らなくてもいいよ」という方向に誘導する政策になってしまうのだ。
やはり、「子どもはみんなでつくりましょう」という政策の方がいいのではないだろうか。そのためには、「子ども手当てに所得制限をかける」というのは、筋の通らない政策なのだ。
2011年2月25日金曜日
博多大丸長崎店の閉店理由の本質を見誤るな
博多大丸長崎店の閉店が発表されてしばらく経つが、今後のまちづくりを考える際、閉店理由は何だったのかについての分析を見誤ると、大きな戦略ミスを起こす可能性がある。
大丸長崎店の閉店に関して、「夢彩都やアミュとの競争に浜の町が勝てなくなった」という理由を持ち出すのは、いかにも世間受けがしやすい。しかし、それが本質ではない。
大丸側も言っているが、「敷地が狭い」というのも理由の1つで、今の百貨店業界を考えた場合、これがとても大きな理由であるといえる。
最近の百貨店業界は、とにかく増床して品揃えを良くしていくという戦略を取っている。大丸も全国規模で勝負している百貨店であり、この戦略だ。売場面積は最低5万平米必要だと言われているが、大丸長崎店の場合、1万平米にも満たなかった。これでは、大丸として長崎店の将来を展望するのは不可能である。
今話題の博多阪急も売場面積は4万2千平米で5万平米に満たない。だから、天神の百貨店との競争に勝てないのではないか、という意見もある。それだけ、今の百貨店業界において、売場面積というのは重要なのだ。
話は戻るが、浜の町はもう商店街としての集客力を失っているのであろうか。答えは否、である。
もし大丸側が、浜の町に魅力がないと考えて閉店するのであれば、土地を売却するであろう。しかし、今の所、土地は大丸が持ったまま、テナントビルなどの形態で商業施設として運営するつもりだという。土地を売ったり住宅地にしたりするのではなく、商業施設にする予定があるというだけで、大丸という全国規模の企業からみて、長崎の浜の町は商業地としての魅力を失っていない、と判断している証になる。
これは単に、大丸が小さい面積での百貨店運営のノウハウを持っていないというだけだ。大丸だけではない。日本の大手百貨店は、どこもそのノウハウを持たない。
この視点で浜の町を考えると、浜屋だって安泰ではないといえる。やはり売場面積が小さい。これでは福岡の百貨店との競争には勝てない。しかし、今の浜の町の状況から考えて、浜屋だけの力で売場面積を広げようというのは、もう無理である。
浜の町からデパートをなくしたくないのなら、残った浜屋だけでなく、商店街全体で考えないといけない問題なのである。
大丸長崎店の閉店に関して、「夢彩都やアミュとの競争に浜の町が勝てなくなった」という理由を持ち出すのは、いかにも世間受けがしやすい。しかし、それが本質ではない。
大丸側も言っているが、「敷地が狭い」というのも理由の1つで、今の百貨店業界を考えた場合、これがとても大きな理由であるといえる。
最近の百貨店業界は、とにかく増床して品揃えを良くしていくという戦略を取っている。大丸も全国規模で勝負している百貨店であり、この戦略だ。売場面積は最低5万平米必要だと言われているが、大丸長崎店の場合、1万平米にも満たなかった。これでは、大丸として長崎店の将来を展望するのは不可能である。
今話題の博多阪急も売場面積は4万2千平米で5万平米に満たない。だから、天神の百貨店との競争に勝てないのではないか、という意見もある。それだけ、今の百貨店業界において、売場面積というのは重要なのだ。
話は戻るが、浜の町はもう商店街としての集客力を失っているのであろうか。答えは否、である。
もし大丸側が、浜の町に魅力がないと考えて閉店するのであれば、土地を売却するであろう。しかし、今の所、土地は大丸が持ったまま、テナントビルなどの形態で商業施設として運営するつもりだという。土地を売ったり住宅地にしたりするのではなく、商業施設にする予定があるというだけで、大丸という全国規模の企業からみて、長崎の浜の町は商業地としての魅力を失っていない、と判断している証になる。
これは単に、大丸が小さい面積での百貨店運営のノウハウを持っていないというだけだ。大丸だけではない。日本の大手百貨店は、どこもそのノウハウを持たない。
この視点で浜の町を考えると、浜屋だって安泰ではないといえる。やはり売場面積が小さい。これでは福岡の百貨店との競争には勝てない。しかし、今の浜の町の状況から考えて、浜屋だけの力で売場面積を広げようというのは、もう無理である。
浜の町からデパートをなくしたくないのなら、残った浜屋だけでなく、商店街全体で考えないといけない問題なのである。
2011年2月21日月曜日
鯨離れの真相
近年、若者の鯨離れが進んでいるという言い方がある。
5年ほど前、長崎で「長崎くじら食文化を守る会」というものが発足した。鯨の食文化を広めようというような趣旨だったと思う。そこには、若者が鯨を食べなくなっているからという理由もあっただろう。
では、なぜ若者は鯨を食べなくなったのか。
理由は簡単。高いから。
街中で売っている鯨カツは、一枚300円から400円する。それに比べてコンビニで売っている鶏の唐揚げは、100円台だ。
高校生が学校帰りにコンビニの唐揚げを食べている姿は普通に目にする。しかし、鯨カツを食べている姿はなかなか見かけない。理由は普通に考えたら誰にでもわかるだろう。鯨カツは高すぎるのである。
「長崎くじら食文化を守る会」を主催したながさき地域政策研究所(シンクながさき)の、菊森淳文常務理事が会の発足の時期に、「鯨の在庫が詰み上がっていて、来年には価格が暴落する。」とおっしゃっていた。そして、「鯨の消費を増やすために、何か手を打たなければいけない。」とも言われた。
それに対して私は、「値段が下がれば売れるようになりますよ。」と答えた。長崎で生まれ育った私には、値段さえ下がれば、長崎の若者は鯨を食べるという確信があったからだ。
さて実際はどうなったのか。あれから5年。確かに鯨肉の在庫は増えているようだが、鯨カツの値段は全く変わっていない。その辺の理由には政治的なものが相当からんでいるのであろうが、菊森氏がおっしゃったように、鯨肉の価格が暴落するということには、なっていない。
長崎の年配の人はみな口を揃えて言う。「昔は鯨は安かったもんね」。その言葉の裏側には、「鯨は安かったら食べるけど、高い金を出してまでは食べようと思わない。」ということが読み取れる。
経済学的には、在庫が増えると価格が下がって消費が伸びるというのは当たり前のことなのだが、実際には全くそうなっていない。
鯨の消費を増やすにはどうしたらいいか、なんて色々考える必要は全くない。値段を下げればいいだけの話である。鯨カツが鶏の唐揚げと同じ位の値段でコンビニで売られるようになれば、鯨肉の消費は爆発的に伸びると断言したい。
5年ほど前、長崎で「長崎くじら食文化を守る会」というものが発足した。鯨の食文化を広めようというような趣旨だったと思う。そこには、若者が鯨を食べなくなっているからという理由もあっただろう。
では、なぜ若者は鯨を食べなくなったのか。
理由は簡単。高いから。
街中で売っている鯨カツは、一枚300円から400円する。それに比べてコンビニで売っている鶏の唐揚げは、100円台だ。
高校生が学校帰りにコンビニの唐揚げを食べている姿は普通に目にする。しかし、鯨カツを食べている姿はなかなか見かけない。理由は普通に考えたら誰にでもわかるだろう。鯨カツは高すぎるのである。
「長崎くじら食文化を守る会」を主催したながさき地域政策研究所(シンクながさき)の、菊森淳文常務理事が会の発足の時期に、「鯨の在庫が詰み上がっていて、来年には価格が暴落する。」とおっしゃっていた。そして、「鯨の消費を増やすために、何か手を打たなければいけない。」とも言われた。
それに対して私は、「値段が下がれば売れるようになりますよ。」と答えた。長崎で生まれ育った私には、値段さえ下がれば、長崎の若者は鯨を食べるという確信があったからだ。
さて実際はどうなったのか。あれから5年。確かに鯨肉の在庫は増えているようだが、鯨カツの値段は全く変わっていない。その辺の理由には政治的なものが相当からんでいるのであろうが、菊森氏がおっしゃったように、鯨肉の価格が暴落するということには、なっていない。
長崎の年配の人はみな口を揃えて言う。「昔は鯨は安かったもんね」。その言葉の裏側には、「鯨は安かったら食べるけど、高い金を出してまでは食べようと思わない。」ということが読み取れる。
経済学的には、在庫が増えると価格が下がって消費が伸びるというのは当たり前のことなのだが、実際には全くそうなっていない。
鯨の消費を増やすにはどうしたらいいか、なんて色々考える必要は全くない。値段を下げればいいだけの話である。鯨カツが鶏の唐揚げと同じ位の値段でコンビニで売られるようになれば、鯨肉の消費は爆発的に伸びると断言したい。
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